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大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)2119号 判決

原告

名畑豊市

原告

名畑庄太郎

原告

名畑美佐子

原告

新倉静子

原告

株式会社 名畑

右代表者

名畑豊市

右五名訴訟代理人

中嶋邦明

谷口宗義

秀平吉朗

被告

大阪府

右代表者知事

岸昌

右訴訟代理人

前田利明

右指定代理人

岡本富美男

外五名

被告

森野裕之

主文

一  被告森野裕之は原告名畑豊市、同名畑庄太郎、同名畑美佐子及び同新倉静子に対し各金七八一万五八五五円及びこれに対する昭和五六年四月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、同株式会社名畑に対し三七九万円及びこれに対する同日から支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告らの被告大阪府に対する請求及び被告森野裕之に対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告らに生じた費用の二分の一と被告森野裕之に生じた費用を同被告の負担とし、原告らに生じたその余の費用と被告大阪府に生じた費用を原告らの負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告名畑豊市、同名畑庄太郎、同名畑美佐子、同新倉静子に対し各金一五〇二万五二七五円及びこれに対する昭和五六年四月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員、同株式会社名畑に対し金三九四万円及びこれに対する前同日から支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  第1項につき仮執行宣言

〈以下、省略〉

理由

一事故に至るまでの経緯と事故の発生

本件事故は、昭和五六年四月一一日午後一〇時二七分ころ大阪府池田市空港一丁目池下14.1キロポスト先阪神高速道路大阪池田線(空港線)において、同池田出口に向かつて北進してきた被告森野の運転する森野車が検問のため停車中の富男運転の被害車両に追突し、同車両の前後部を大破・炎上させた上、富男を負傷させ、同人は同月一三日死亡するに至つたものであることは当事者間に争いがない。

右争いのない事実と〈証拠〉を総合すれば次の事実が認められる。

1  被告森野裕之は、本件事故発生当日自己所有車(外国製乗用車オールズモビル)のブレーキ装置の調整が不完全で殊に高速度で走行する場合はブレーキのききが極めて悪くなる状態であつたのにかかわらず、これに田中一成こと金一成ほか三名を同乗させて運転し、同日午後一〇時一三分ころ大阪市南区大和町三三番地下大和橋北詰交差点付近を通りかかつた。

2  大阪府南警察署(以下南署という。)巡査部長井山及び同巡査森田敏郎は、パトカー南三号(大阪八八そ五六・九七号)に乗務し同日午後一〇時三分ころ交通違反車両に対し交通反則切符を交付している際、府警本部通信指令室及び南署基地局より逐次日本橋筋二丁目二番地付近で五・六名の男が喧嘩をしていること、及びその喧嘩は刃物が使用された傷害事件(後に被害者が死亡し殺人事件となる。)であり、南署は全運用区に緊急警戒を発令する旨の無線連絡を傍受した。そこで、井山らは南署基地局に任務、配置場所等につき指示を仰ぎ、これを受けて事故現場付近で逃走被疑者の捜索にあたることになり、事件現場より北東約一七〇メートルの地点である下大和橋北詰交差点に至り、午後一〇時一三分ころ同所において森野車と遭遇した。

3  被告森野は、前記場所を時速約一〇キロメートルで走行中、たまたま追走してくる井山らの乗務するパトカー南三号を見つけ、シンナーを所持していたことからパトカーから離れようとして急加速し、南区二ツ井戸町一六番地下大和橋南詰交差点の対面赤信号を無視して右折し、時速約四〇キロメートルで西進した。

4  井山らは、森野車の赤信号無視を現認したので、パトカー南三号の赤色灯を回転させサイレンを吹鳴して「前の外車停れ。」とマイクにより停止するよう指示したが、森野車は右指示を無視し停止することなく逃走を続けた。井山らは、前記傷害事件現場と森野車の発見逃走場所とが距離的にも近く、かつ森野車がパトカーを見て逃走したことから、同車に乗つている者が右事件と関係あるものと判断して右交通違反の検挙と職務質問のため追跡を開始した。

5  森野車は、一旦停止義務違反、信号無視、指定禁止場所転回違反等の交通違反を重ねて、前記場所から大阪枚岡奈良線(通称千日前線)を経て、阪神高速道路高津入口(高速道路通行料金未払のまま料金所通過)から同道路に入り環状線を西進した。この間、井山らは、森野車を追跡しながら府警本部通信指令室に対し、事件現場付近からヤクザ風の男四、五名が乗つた不審車両が停止指示を無視して追走中であること及び森野車の車両番号、特徴等を通報した。

6  森野車は、時速約六〇キロメートルから約一五〇キロメートルの速度で阪神高速道路環状線を経て同大阪池田線(空港線)を北上し一般走行車両の間隙を縫つて逃走を続けた。一方、井上らの通報により大阪府警察本部警ら部第一方面機動警ら隊巡査部長中川道夫(以下中川という。)らの乗務するパトカー一方面一六号ほか五台が応援に駆けつけ、合計七台のパトカーで森野車の追跡を続けた。右追跡継続中に、前記傷害事件の被害者が死亡したので府警本部通信指令室より緊急配備の発令がされた。右中川らのパトカーが先頭車となつて森野車を追跡するうち豊中南出入口から豊中北出入口の間で見失つたがそのまま北上し、森野車が神戸ナンバーであることから行先を予測して池田出口方面に向かつたところで後記本件事故による火災を発見した。

7  大阪府豊中警察署大阪空港警備派出所勤務の巡査部長大矢は、同日午後一〇時二〇分ころ府警本部指令室及び追跡中のパトカーから南署管内で発生した殺人事件に関係あると思われる五人が乗車する神戸ナンバーの外車四八七号がパトカーの追跡を受けて空港方面に逃走中である旨の無線連絡を受けて、同車を捕捉するため阪神高速道路大阪池田線池田出口において通過識別検問を実施することにした。大矢は、その指揮のもとに巡査長飯星敬治、同大江量三の計三名で午後一〇時二三分ころから大阪府池田市空港一丁目に至り、池田出口は出口まで下り勾配となつているため出口平担ママ部に検問場所を設けようと考え、高速道路からの出口道路二車線と一般道路一車線が合流する手前の出口平担ママ部から北方約五〇メートルの一般道路と高速道路からの出口道路を区分したゼブラゾーン北端部にパトカー豊中三号を道路に並行する形で停止させて通過識別検問を開始した。大矢及び大江は回転赤色灯を点灯した右パトカーの直後で出口二車線を挾んでそれぞれ携帯赤色灯を持つて立ち、通行車両を順次徐行させて通報のあつた不審車両の発見に努めた。また、パトカー第三方面機動警ら隊二一号も駆けつけてパトカー豊中三号の南側ゼブラゾーン上で道路に対して前同様の態勢で停車した。その間、出口の二車線の道路は通過する車両で出口下り坂中間付近まで渋滞が始まり、大矢らの前を通過する車両は徐行により通り抜けていたが、下り坂より上(出口からみて後方)の車両は停止と徐行を交互に繰り返す状態であり、事故時まで少なくとも二〇台の車が停滞状態となつていた。

8  被告森野は、本件道路を北上するうち豊中南出入口から豊中北出入口の間で追跡するパトカーを振り切り、このことを確認し所持していたシンナーを捨てた後池田出口から中国自動車道に進入しようと考え、午後一〇時二七分ころ本件道路を時速約一〇〇キロメートルで北進して本件事故現場付近(制限最高速度四〇キロメートル)に至り右のように停滞していた先行の自動車群を前方に認め急制動の措置をとつたものの前記のとおりブレーキのききが甘く制動が十分かからなかつた。そのため、被告森野は自車を前方左側車線で停止中の小川清隆運転の普通乗用自動車に、続いてその前方に停止中の三好笑美子運転の普通乗用自動車に順次衝突させた後、右側車線で停止中の富男運転の被告車両に追突させた。被害車両は、このため右側中央分離帯沿いに押し出されて走行し、その前方に停止中の福池吉男運転の普通乗用車に追突したが、森野車もさらに右福池運転車両及び右側車線で停止中の東郷武運転の普通乗用自動車に衝突した後停止し、(福池運転車両はさらに前方に停止中の普通乗用自動車に衝突し、順次玉突き状態の衝突を三回惹起した。)

9  森野車が惹起した右衝突の衝撃により福池運転車両から漏れたガソリンに引火して同車及び富男運転の被害車両が炎上し、被告車両は全損状態となり、富男は全身にⅡ度ないしⅢ度の火傷、気道熱傷、頭蓋骨々折の傷害を負い、その結果同月一三日午後九時二分ころ入院先の大阪市福島区福島一丁目一番五〇号大阪大学医学部附属病院特殊救急部において右火傷による二次性ショックにより死亡するに至つた。

以上の事実が認められる。〈証拠判断省略〉

二被告大阪府の責任

1  原告らは、森野車は殺人事件との関連性も低く違反行為としては信号無視という軽微なものであつたから、井山らのパトカーによる森野車の追跡はそもそも必要性が乏しかつた上、井山は森野車の車両番号、乗員の人相等を確認、通報ずみであつたから検挙のための代替方法が存したし、森野車が高速度でジグザグ運転をしながら逃走するのは極めて危険であり同車が交通事故を惹起することを予見でき又は予見すべきであつたから、井山らとしては追跡を中止するか又は減速して追跡すべきであるのにこれを怠つた過失があり、かつ、大矢らは見通しの悪い高速道路出口の坂下に検問場所を設け通行車両を全面的に停止させるという不相当な方法で検問を行つたものである上、森野車がパトカーに追跡されて逃走中であることを確認しており交通事故の発生を予見でき又は予見すべきであつたから、大矢らとしては車両が停滞し始めた時点で直ちに検問を中止するか又は検問方法・場所を変更すべきであるのにこれを惹つた過失があり、ともに森野車の検挙、職務質問を目的とする右追跡行為と検問行為が不可分一体のものとして展開された結果両者が相俟つて本件事件を発生させたものであると主張する。

ところで、およそ警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯したと疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について知つていると認められる者は停止させて質問することができ(警職法二条一項)、また、現行犯人を現認した場合には速かにその検挙・逮捕に当たるべき職責を有する(警察法二条・六五条)から、右職責を遂行するため容疑者又は犯人を追跡することができることは当然であり、重要事件が発生し犯行後間がなく犯人がいまだ逃走途上にあると認められる場合に、一時的に可能な限り大量の警察力を動員してその逃走路を遮断しあるいは潜伏が予想される地域を検索して、事故発生後これに近接した時点で犯人を捕捉することを主たる目的として緊急配備が発令された場合(犯罪捜査規範昭和三二国家公安委員会規則第二号九三条参照)、これを受けて犯人の検挙捕捉を目的として緊急配備活動としての検問を実施することは警職法二条一項の趣旨から可能かつ相当であることはいうまでもない。そして、このような職責を有する警察官の当該職務の遂行に関係して第三者に損害が発生した場合において右警察官に過失ありというためには当該職務の執行が本来の目的を遂行するうえで不必要なものであり、かつ、とられた方法も相当性を欠くものであることを要すると解されるところ、本件においては追跡行為も検問行為も森野車の検挙及び職務質問のために行なわれているのであるから一体のものとして捉えて警察官の過失の有無を検討すべきであるが、まずその前提として各別の行為について前記事実に基づき検討する。

2  追跡行為について

前記認定のとおり、井山らが傷害事件(後に殺人事件となる。)による緊急警戒の発令を無線で傍受したのは本件事故発生日の午後一〇時三分ころであり、南署基地局の指示を受けて事件現場付近に赴いて森野車を発見したのが同日午後一〇時一三分ころであつてその時間的な差は一〇分間であり、距離的にも事件現場より北東約一七〇メートルの地点であつた上、森野車はパトカーを認めるや急加速し赤信号を無視して逃走を開始し、井山らの停止指示をも無視して逃走を続けたのであつて、右事実によれば、傷害事件発生の時間及び場所と森野車を発見した時間及び場所との各近接性及び森野車の不審な右行動全体から井山らが森野車の乗員について傷害事件と何らかの関連があるのではないかとの判断を下したことには合理的な理由があり、また右信号無視は法定刑が三月以下の懲役又は三万円以下の罰金(道路交通法七条、一一九条一項一号の二)に当たる犯罪であるから軽微な違反行為にすぎないものということもできず、前記警察官の職務内容に鑑みれば、井山らが森野車の検挙及び職務質問のために追跡を開始したことは、当該事情の下では十分必要性があり職務行為として相当なものであつたといわなければならない。

また、前記認定のとおり、井山らは森野車の車両番号、特徴等を府警本部通信指令室に通報しており、森野車が阪神高速道路を時速約六〇キロメートルから約一五〇キロメートルの高速度で一般走行車両の間隙を縫つて逃走を続けたものではあるが、車両番号等を通報したとしても当該車両が盗難車等である可能性もあつたからそのことから直ちに追跡に替わる検挙のための有効な代替方索があるとはいえず、また森野車は一般道路とは異なる高速道路を逃走していたものであるから一般道路を同様の方法で逃走する場合に比較して事故発生の蓋然性は相対的に低いということができる。もつとも、警察官としては可及的に事故の発生を回避するよう行動すべき義務のあることはいうまでもないが、森野車の逃走により発現されている危険そのものは専ら被告森野の行動によるものであつて、同車を追跡する本件パトカーの危険の発現に対する関与は間接的である。さらに何よりも井山らは追跡中に傷害事件の被害者が死亡した旨の連絡を受けているのであり、この関連事件の重大性及び被告森野が交通違反を重ねつつひたすら逃走を続けているという尋常でない事態に鑑み、また府警本部通信指令室から緊急配備が発令されていたことを併せ考えると、追跡を継続する井山ら及び通報を受けて追跡に参加したほか六台のパトカー乗務の警察官としてはその職責に照らして安易に追跡を断念することなく追跡を継続したことは決して不当なものとはいえないのである。

なお、被告大阪府は本件追跡は事故発生時には中止されていたものである旨主張する。確かに前記認定のとおり、追跡の先頭パトカーに乗務していた中川らは豊中南出入口から豊中北出入口の間で一且ママ森野車に引離され見失つているのであるが、中川らは森野車を再発見すべく森野車が神戸ナンバーであつたことからその行先を予測し池田出口方面に向かつて追走し続けているのであつて、追跡しようとする意思を放棄しているのではないから、本件追跡は一時的に中断された状態ではあつたけれども中止されていたものとみることはできない。しかしながら、前記のように井山、中川らのパトカーによる本件追跡の開始及び続行は被告森野に対する職務質問及び検挙のため必要かつ相当なものであつたから、原告ら主張のように井山、中川らに追跡中止義務ないし減速追跡義務(本件事情の下では、パトカーとしては減速していては追跡とならないことは明らかであるから、原告らの主張する減速すべき義務というのは追跡中止義務にほかならない。)違反による過失を認めることはできない。

3  検問行為について

前記認定のとおり、大矢らはパトカーに追跡され逃走中の不審車両である森野車を捕捉するため通過識別検問を実施したが、本件事故現場である池田出口が下り勾配となつていること及び高速道路からの出口道路二車線と一般道路一車線が合流する場所は不適切であることから、それを避けて結局出口平担部から北方約五〇メートルの一般道路と高速道路からの出口道路を区分したゼブラゾーン北端部にパトカーを置いてその付近を検問場所とし、かつ、その方法も通行車両を徐行させて車両をチェックするというものであつた。前記事実によれば、パトカーによる追跡の対象となつている車両を捕捉するため緊急配備活動としての検問を実施することが必要な状況にあつたことは明らかであるし、右のとおり大矢らのした検問はその場所の選定もとられた方法それ自体も相当なものであつたとみなければならず、加えて、不審車がいかにパトカーに追跡されているとはいえ検問を強行突破し、又は検問のために停滞している車両にあえて突込んでくるような異常な行動に出ることは通常予見することができないものといわなければならない。

したがつて、原告ら主張のように大矢らに検問中止義務ないし検問場所・方法変更業務違反による過失を認めることはできない。

4  以上のように、本件追跡行為及び検問行為はいずれも森野車の検挙及び職務質問を行うため必要にして相当なものであつて、警察官らに職務執行に当たつて原告主張のような過失を認めることはできず、これらを一体のものと捉えても各別の行為が必要にして相当なものである以上全体の行為としても必要にして相当なものであるというほかないから、本件警察官らに過失を認めることはできず、他に警察官らに何らかの過失を認めるに足りる証拠もないから、原告らの被告大阪府に対する請求はその余の判断をするまでもなく理由がない。

三被告森野の責任

1  請求原因4(一)の事実のうち、被告森野が加害車両を所有して自己のために運行の用に供していた事実は当事者間に争いがなく、右事実によれば、被告森野は自賠法三条本文により本件事故によつて生じた原告会社の損害(物損)を除く原告ら四名の後記損害を賠償すべき義務がある。

2  前記認定事実によれば、被告森野は、本件事故現場を進行するにあたり自己の車両のブレーキのききが十分でない状態であつたから、高速運転を差し控えた上前方を注意して進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、制限速度(時速四〇キロメートル)を超える時速約一〇〇キロメートルで進行した過失により本件事故を惹起させたものであるから、被告森野は本件事故によつて生じた原告会社の後記損害(物損)を賠償すべき義務がある。

四損害

そこで、被告森野の関係で原告らに生じた損害について判断する。

1  富男固有の損害

(一)  治療費及び入院雑費 六八〇〇円

〈証拠〉によれば、富男の大阪大学医学部附属病院における三日間の治療費として三八〇〇円が支払われたことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はなく、経験則によれば右入院期間中一日あたり少なくとも一〇〇〇円の割合による入院雑費を要したことが認められるから(その小計三〇〇〇円)、治療費及び入院雑費の損害は六八〇〇円となる。

(二)  逸失利益 三六九六万一九二〇円

〈証拠〉を総合すれば次のとおり認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

富男は明治四四年二月二日生れで当時七〇才の多少血圧が高いことを除いて概ね健康な男子であり原告会社の代表取締役社長(創業者でもあつた。)として稼働し、昭和五五年の年間収入は給与一四一〇万円、賞与二四〇万円の計一六五〇万円(月額給与は昭和五五年四月以降一二〇万円)であつたところ、右収入のうち利益配当分を除いた労務対価分は賞与を除いた月額給与一二か月分一四四〇万円とするのが相当であり、同人は本件事故に遭わなければ平均余命11.44年(本件事故時である昭和五六年簡易生命表による。)のうち少くとも六年間就労することが可能であり、その間少なくとも一か年あたり右金額(一四四〇万円)と同程度の収入を得ることができたはずであり、また、その生活費は収入の五〇パーセントと考えられるから、富男の死亡により逸失利益を年別ホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して(その係数5.1336)死亡時の時価を算定すると三六九六万一九二〇円である。

(算式)〈省略〉

(三)  休業損害

〈証拠〉によれば、入院による休業期間中(原告は三日間と主張するが、本件事故の発生時刻からして休業期間としては事故の翌日である昭和五六年四月一二日及び同月一三日の二日間であることは明らかである。)富男に対して給与が全額支給されていることが認められ、右認定に反する証拠はない。したがつて富男には休業による現実の損害は生じていないから、これを認めることはできない。

なお、原告は、この点に関し負傷そのものによる労働能力の喪失を根拠に休業損害が発生していると主張するが、休業損害の性質上原則として現実に損害が発生していない以上これを認めることはできないものといわなければならない。

(四)  慰謝料 四〇〇万円

本件事故の態様、富男の年令・社会的地位、原告ら固有の慰謝料も後記のように別途算定すること等一切の事情を斟酌すれば、富男固有の慰謝料としては四〇〇万円とするのが相当である。

(五)  原告ら四名が富男の子であることは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、富男には他に相続人がいないと認められるから、原告ら四名は右(一)(二)(四)の損害賠償請求権を法定相続分に従いそれぞれ四分の一にあたる一〇二四万二一八〇円宛を相続により取得したものである。

2  原告ら四名固有の損害

(一)  葬祭費 各一七万五〇〇〇円

〈証拠〉によれば、原告ら四名は富男の葬儀をとり行い墓碑を建立しており、これらに支出した費用のうち本件事故と相当因果関係のあるものとしてそれぞれ少なくとも各一七万五〇〇〇円(計七〇万円)の損害を被つたことが認められる。

(二)  慰謝料 各二〇〇万円

本件事故の態様、富男の年令、富男固有の慰謝料も前記のように別途算定すること等一切の事情を斟酌すれば、富男の近親者としての原告ら四名固有の慰謝料としては各二〇〇万円とするのが相当である。

3  損益相殺

原告ら四名が自賠責保険から合計二〇〇二万三四〇〇円の支払いを受けたことは当事者間に争いがない。そして、〈証拠〉によれば、右金額の内訳は、治療費三八〇〇円、看護料八四〇〇円、諸雑費一五〇〇円、文書料一三〇〇円、慰謝料八四〇〇円、死亡による損害二〇〇〇万円であること及び原告ら四名は右金員を相続分に応じて各自の損害填補に充当したことが認められ、これによれば、本訴請求に対応する損害填補は、治療費、諸雑費及び死亡による損害の合計二〇〇〇万五三〇〇円であり、したがつて、原告ら四名は各自その四分の一である五〇〇万一三二五円をそれぞれの損害填補に充てたことになる。もつとも、原告ら四名は支払いを受けた自賠責保険金全額の四分の一にあたる額について各自の損害額から損益相殺されるものであることを本訴において自認するがごとくであるが、右主張は、訴訟上の請求額を特定する意義を有するにすぎないものと解するのが相当である。

4  原告会社の損害 三五九万円

本件被害車両が原告会社所有であり、本件事故により全損状態になつたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、本件被害車両の事故時における下取査定価格は三五九万円であることが認められ他に右認定に反する証拠はないから、原告会社は本件事故により三五九万円の損害を被つたものと認める。

5  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告らが弁護士に本訴の提起遂行を委任したことが認められ、本件事案の難易、審理経過、認容額等を総合考慮すると本件事故と相当因果関係がある損害として被告森野に請求しうべき弁護士費用の額は、原告ら四名について各四〇万円、原告会社について二〇万円とするのが相当である。

6  小括

以上によれば、原告ら四名の損害は、右1(五)に2の(一)(二)及び5を加えた額から3を控除して、各七八一万五八五五円、原告会社の損害は、右4及び5の三七九万円となる。

五よつて、原告らの被告森野に対する本訴請求は、原告豊市、同庄太郎、同美佐子及び同静子が被告森野に対し各金七八一万五八五五円及びこれに対する損害発生の日以後である昭和五六年四月一四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、原告会社が被告森野に対し三七九万円及びこれに対する前同日から支払ずみまで前同年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、原告らの被告森野に対するその余の請求及び被告大阪府に対する請求はいずれも失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(吉田秀文 加藤新太郎 五十嵐常之)

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